大年初十三 近代シナのポイント その1 香港旺角騒擾に思う

さて、大年初十三である。上海語で十三点は広東語でチーシンの意味である。

大年初一 香港 旺角騒擾(HK Monng kok riot)によってブログを再開した。
なぜ久しぶりにブログを再開することになったのか。

一言で言えば 今回の騒擾が私の持論である近代シナの歴史的分岐点に
なるかどうかを検証したいからである。

大変な分量となるため、概略を以下説明したい。
詳細な論理展開は以下継続していきたい。

まず、私のシナ近代史の分析は以下である。
近代シナ史は、清朝末期1800年代以降から現在(中華民国、
中華人民共和国成立した現在)までを定義する。

シナ近代史は3段階によって変化を行った。

シナ人はこの近代では3回しか歴史は変わっていない。と考える。
前述のとおり、シナ人はほとんど変わらない性質を持っている。
むしろ、日本人のように変節が早いのはまれである。

ただし、変わらないシナ近代史であっても経済的、軍事的、文化的といった
総合的に変化した契機になっているのが以下の3点である。これを
要約したい。

1.洪秀全による太平天国の乱を契機とする体制変動を伴う農民宗教活動
  (1850年ごろ~1920年代まで)

  清朝の中国で、1851年に起こった大規模な反乱。広東省出身の洪秀全を
  天王とし、キリスト教の信仰を紐帯とした組織太平天国によって起きた。
  長髪賊の乱ともいわれる。この後国土は分裂し列強の蚕食状態が
  加速する結果的に辛亥革命が発生し清朝は滅亡する。

2.蒋介石による北伐による中華概念の発生および国土の統一拡大
  (1920年ごろ~1978年)
  辛亥革命後の軍閥割拠状態になった中国において、広東省の黄埔軍
  官学校を設立した孫文や蒋介石指導の国民党による全国統治を目指
  して戦われた北京政府や各地軍閥との戦争を北伐という。

  特に1926年から1928年のものを指すことが多い。
  これを契機に中華概念の伝播が起こり、ほぼ清朝規模の国土を統一し
  拡大した。

  しかし中華人民共和国の成立から文化大革命にいたるまで
  中華概念の名の下に疲弊を省みない国土の統一拡大であった。

3.鄧小平による改革開放および社会主義市場経済による経済発展
   (1978年以降~現在にいたる)
  中華人民共和国の鄧小平の指導体制の下で、1978年12月に開催された
  中国共産党第十一期中央委員会第三回全体会議で提出、その後開始
  された中国国内体制の改革および対外開放政策のこと。

  特に1989年天安門事件以降停滞した経済を立て直すため南巡講和を行い、
  広東省の経済経済特区の発展に力を入れるこれをモデルに沿海部を
  中心に市場経済化は急速に拡大した状況。

以降は明日以降述べたい。

明日はハルビンに行きたいと思っているハルビンでの内容も分厚くなりそうだ。




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著者後藤武(著)出版社彰国社発行年月2013年05月ISBN9784395241132ページ数214

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