とりあえず食べ放題 10 まずは奈良

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先回ギョッとすることを申し上げました。

一般的に内地特に地方が疲弊している。限界集落という声も聞こえて久しいです。
疲弊している地域は他の地域の人々を呼び込んで観光業を盛んにすれば良いと思うでしょう。
多分大多数の人はそれが正しいと思うでしょう。

では仮に地方に人を呼び込もうと強力に運動するのです。そうするとどうなるか。
ますます、逆説的に東京や大阪といった大都会に人が集まるようになるのです。

特に地方への観光業への推進は現在の東京への一極集中の原因の一つになっている程の逆説を生んでいると私は思います。そればかりかむしろ安易な地方への観光の誘致は東京・大阪の大都市への集中の原因の一つになっていると私は思います。

なぜ、そう思うようになったかですが、もちろん大阪そのものを見てそう思いました。
東京、横浜、梅田、難波の駅で人の流れを見ていました。特に大阪がキーです。

西日本に行っている人々は大阪に宿泊しています。
それでなんとなくわかったのです。ここに色々なデータがあります。

先回徳島と言いましたが少々お待ちください。今回は奈良の話にします。

徳島を紐解く前に奈良県の話をしましょう。かなり以前の奈良県のデータがここにあります。
1997年の厚生省のデータです。47都道府県中、ホテル・旅館の数の最低はなんと奈良県でした。
えっー!!!修学旅行で京都府や奈良県にあんなに行くのではないか。

嘘だろ!!とい声が聞こえてきそうです。
でも本当でした。だから、奈良県は急いでホテルを増やしました。
日本が近代化して行く中で取り残されたのは奈良だったのです。

でも真相は違ったのです。このことは竹村公太郎という人の著作に書いてあります。
詳細はそこに譲ります。

簡単にそもそもから説明しましょう。

奈良は平安京遷都以来、江戸時代までには日本から見捨てられていた地域で
今でいう限界集落のような、ほとんど誰も住んでいない土地になっていました。

東大寺の大仏は建立以降屋根がなく長い時代放置されていたことがありました。
私はそれが不思議でしたが、それで納得がいきました。

でも明治になり奈良県に若干多くの人が住むようになりました。
しかし、経済は思ったように振興しません。

昭和になり奈良に行く人が少しずつ増えました。でも貧しい地域でした。
そこで奈良県は観光によって観光客を増やそうとしました。

奈良はこんなに魅力的です。東大寺もあります。薬師寺もあります。
正倉院もあります。大和古寺風物誌なんて作品もありますね。

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観光客は増えたのに経済は活性化しないそれはなぜか?
奈良に行きたい人はどうするかといえば大阪や京都に宿泊します。
奈良の観光誘致は大阪や京都の経済は良くなることに貢献しました。

そうですよね。鹿せんべい代よりホテル代の方が高いのは当たり前です。

20数年前にようやく奈良県民はそれに気がつきました。
観光で誘致しても経済が良くならない。それはなぜか?

江戸の伝統である大阪や京都のように泊まるホテル・旅館がなかったのです。
奈良にはホテルがなかったのですね。全国最下位です。

ホテルが立たないのはいろんな理由がありました。
インフラもノウハウも人材もありませんでした。

奈良県民は大急ぎでホテルの誘致に走りました。

ホテルを建設するためにインフラも整備しました。
頑張りました。そして現在はホテル件数最下位の汚名を晴らすことができました。

さて、近年の最下位はどこですって?
そうですそれが徳島県なのです。

徳島の話ですね。続きますよ。

では

See you!


この記事へのコメント

2017年05月16日 11:38
今日は
奈良、鹿に合い、古墳群見学
泊るのは京都でしたね
こうさん
2017年05月16日 21:04
今日は すーちんさん。ありがとうございます。
奈良は良いところですよ!みんなで巡ろう奈良ですね。

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